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世界的ピアニスト・中村紘子さんとは

2016年7月26日、ピアニストの中村紘子(なかむらひろこ)さんが大腸がんのため亡くなりました。72歳でした。

中村紘子さんといえば、世界の一流ピアニストへの登竜門として知られる「ショパン国際ピアノコンクール」で入賞と最年少賞を受賞し、世界各国のピアノコンクールで審査員も歴任した日本を代表するピアニストです。

20世紀最高の音楽批評家の一人とされるハロルド・ショーンバーグ(ピューリッツァー賞受賞)も、名著『偉大なピアニストたち』の中で、東洋人ピアニストとしてただ一人、中村紘子さんの名を挙げました。

そんな中村紘子さんのピアノ人生の始まりは3歳のこと。「子供のための音楽教室」第一回生として井口愛子氏に師事。当時から天才少女として有名で、慶応義塾中等部の3年生の時に、第28回音楽コンクールにおいて史上最年少で第1位特賞を受賞。翌年、NHK交響楽団初の世界一周公演のソリストに抜擢されました。

1965年、第7回ショパン国際ピアノコンクールで、第4位入賞の快挙を成し遂げた後は、世界各国で演奏を続けてきました。繊細さとダイナミズムを兼ね備えた演奏で、長年世界中の人を魅了し、これまでに国内外で3800回を超える演奏会を行っています。2008年に紫綬褒章を、翌年には日本芸術院賞・恩賜賞を受賞しました。

中村紘子さんのピアノに情熱を傾けた一生

中村紘子さんを悼む声が各界から続々と

プライベートでは、1974年9月に芥川賞作家の庄司薫さんと結婚。家を空けることの多かった中村紘子さんの愛猫を庄司さんが面倒を見ていたことで、仲を深めたそうです。
夫の庄司さんは、
「誕生日(7月25日)をむかえる日も、このところみつけた、モーツァルトからラフマニノフまで、音色に新しい輝きを与える奏法を試すのだといって、興奮していました。ぼくも、それを聞きたいと熱望していました。残念です」(毎日新聞)とコメント。

指揮者の大友直人さんは、
「クラシック音楽界で、実力、知名度ともに一時代を築き、足跡を残されたという意味で、小澤征爾さんと並ぶ方だった」(産経ニュース)と評しました。

親交の深いサントリーホール館長でチェリスト・堤剛さんは、
「心に穴があいた感じ。『子供のための音楽教室』で一緒に学んだ小学生時代からの友人で、チャンバラごっこなどをして遊ぶときにもリーダーシップを発揮していた。そして、ピアノだけでなく、音楽全般の魅力を広く伝えるリーダーになった。音楽を通じて社会貢献したいとも考えて、それが教育という形で実を結んだ。その精神を引き継ぐことが供養になると思っています」(産経ニュース)とコメントを残しました。

その他にも、バイオリニストの葉加瀬太郎さん、脳科学者の茂木健一郎さん、作家の百田尚樹さんなど各方面の方々が、ツイッターなどを通して中村紘子さんへのお悔やみの言葉を残しています。これだけでも、中村さんの演奏と、気さくな人柄がどれだけ周りに愛されていたかが、よく分かります。

いつもピアノや周りの人を考えていた

雑誌での対談などを通じ、2000年頃から親交があった甲府市の音楽評論家の真嶋雄大さん。真嶋さんが最後に中村紘子さんと会ったのは今年の4月のこと。その時には意欲に満ちた姿を見せていたといいます。

さらに6月には「2020年の予定も入り、病気も吹っ飛んでいる」という手紙も受け取っていたので、突然の訃報に驚いたそうです。

また、「病院はつまらない」と中村紘子さんの希望で、誕生日から自宅で夫と一緒に過ごすことにしました。夫にイヤリングをプレゼントされた中村さんは、亡くなる前日まで新しいピアノの奏法について夫に語っていたそうです。

中村紘子さんは、おととし大腸がんが見つかり、演奏活動の休止と復帰を繰り返していました。医師に反対されながらも、ピアノの演奏会に穴を空けるわけにはいかないと、度々強行出演していたそうです。それが中村さんの命にどう関わったかは、定かではないですが、常にピアノのこと、そして周囲のことを考えていた中村さんらしいエピソードだと思います。

中村紘子さんのピアノに情熱を傾けた一生

ご葬儀は密葬で。その後にお別れ会も。

2016年7月26日にお亡くなりになられた中村紘子さんの葬儀は28日、密葬で執り行われました。喪主は夫の庄司薫さん。庄司さんは何度も中村さんの顔を見つめ、柩に2人の著作や写真を納め、最後のお別れをしたそうです。

今回行われた密葬とは、親しい間柄の方のみで執り行う小規模な葬儀のこと。一般的に、故人が有名人や社葬など、多くの会葬者がいる場合には、まず近親者や親しい者のみで葬儀を行い、後日一般の参列者を招いた「本葬」が営まれます。

中村紘子さんの場合は、葬儀・告別式を近親者のみで行い、9月に「お別れの会」を開催する予定です。中村さんの功績、周囲へ与えた影響は計り知れません。

心よりご冥福をお祈りいたします。

中村紘子さんのピアノに情熱を傾けた一生

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